Wonder Mountainsの3がリリースされた。前回の2が2016年だったから、3年ぶりということになる。
この3年という年月がどういう意味を持っているのかは、初っ端の3分間に集約されている。
早いカット割り、光の粒ひとつひとつが沸き立つような解像度、稜線の岩のエッジの鋭さまで表す質感、山の広さ、空の広さ。夜空いっぱいに広がる星には圧力があることを知らされ、雲は形を変えながら流れているというシンプルな事実に気付かされる。大自然のダイナミックな躍動と、肉眼では決して捉えることのできない緩やかな変化。その対比で描かれる没入感は圧倒的だ。
自分は今、何を見ているのか? これから何が始まるというのか?
肌が粒立ち、意識がディスプレイの中に沈み込んでいく感覚は凄まじい。見終わって気づくことになるのだが、この尋常ならざる感覚を支えるスキルこそ、Wonder Mountains 3の完成には欠かせないものだった。
製作者のTaQ Inoueは色にこだわったのだそうだ。ここ数年はカラーグレーディングという色調整の技術について学び、撮影はもちろん、色を整えることにも時間を費やしてきた。見栄えの良さを求めて画像を「化粧」するのではなく、表現者の意図に沿った「印象」に仕上げる。そのことは、Wonder Mountains 3をいったんはほぼ完成させながらも色の調整をもう一度見直すが故に、イチから全てやり直したという点にも現れている。もちろん撮影機材にシネマカメラをとりいれ、よりハイスペックなドローンを導入するなど、ハードウェアも大きく進化した。が、何よりもそれらを使うことで「印象」に訴えかけるテクニックを磨き上げてきた。それが、3年の意味だ。
だからといって、Wonder Mountains 3が超絶テクのギラギラな構成になっているわけではない。アップテンポは冒頭オンリー。本編が始まれば、期待通りの平常運転。30分以上に渡ってアコースティックな雰囲気に満ちた、柔らかで優しい世界が繰り広げられる。
今回登場するのは10の山域だ。常念山脈、鳥海山、唐松岳、白山、中央アルプス、槍ヶ岳、火打山、金峰山、西穂高、八ヶ岳。中でも常念山脈に関しては撮影に二年を費やしており、季節の幅広さまでふくめて、足と時間を費やした空気がよく現れている。また、オープニングにも似たシャープな画が繰り広げられる中央アルプスや槍ヶ岳のゴージャスな映像と対比するように、金峰山のパートでは柔らかな色調とソフトフォーカスを組み合わせており、日曜日のハイキングを思わせる緩やかな空気感が溢れている。
こうした自然を被写体にする作品は、決め打ちが難しい。求める画があったとしても、お天気一つでその願いは蹴散らされてしまう。だからこそ、TaQ Inoueは理想に固執しない。ある程度の天気を見込んで出かけるにしても、基本は臨機応変。現場で「自分がいいと思ったもの、心が動いたもの」を撮るのだそうだ。その手法こそがおそらく、Wonder MountainsをWonder Mountainsとして成立させている最大のファクターだ。
そもそも「心が動く」とは何だろう? 映像作品を作っているときのそれは、どんな感覚なのだろう? 猟師が獲物を見つけるような緊張感に近いのだろうか? あるいは画家が素晴らしいモチーフに巡り合った偶然の幸福に似ているのだろうか? それとも中学生が、心を寄せている人と目を合わせるときめきのようなものだろうか? 想像することは楽しいけれど、同じものを見ても感じ方はそれぞれだ。心がどう動くかはきっと、個人個人で違っている。だが、その「心が動いた」結果はどうだろう?
TaQ Inoueが今作を含めた3本のWonder Mountainsで描こうとしているのは、この「心の動き」の先にあるものなのではないかと思っている。よくある山の映像集は、美しい山や森や空の映像が連なっていく。いわゆる「心を動かした」風景のシークエンスだ。が、Wonder Mountains 3で描かれているのは心を動かした風景だけでなく、動いた心に立ったさざ波なのだ。どんな夕焼けを、どんな夏空を、どんな深い雪を見たかではなく、それらを体験することで、気持ちの奥にどんな波が立ち、どんな印象が残ったか。
キレイ!と思った後の充足感だけでなく、満足感や感動が引いていくときの寂しさ。それはいつでも思い出すことができるという嬉しさや愛おしさ。けれど過ぎ去ったことだという切なさ。そして、確かにそこで巡り合ったという確からしさ。こうした、いわば感動のあと味とも言うべき部分を漂わせていることこそ、Wonder Mountainsの魅力だ。
だからこそ、描き出される山の風景に没入することができる。なぜなら、その波は僕らの心の中にも立つからだ。山が違っても同じさざ波を感じ取ることができれば、「心の動き」を解り合うことができる。そしてそのさざ波をよりビビッドに表現するためには、お化粧感の強い鮮やかな画像ではなく、印象を正確に伝えることのできる色表現のスキルが欠かせなかったのだ。
ここに収録されているのは誰かが、特定の山を登った記録ではない。30分の本編の中に現れる氷、水、陽光、影、山、雲、雪、川、池といった小さな小さなきらめきは、すべての人のこれまでの山旅の何かにつながっていく。それらは記憶の奥から思い出の欠片を数珠つなぎに引き出し、映像に自身の体験を重ねさせ、心をメランコリックにロマンチックにあたたかく柔らかく満たしていくのだ。
僕らはそのさざ波を感じ取ることで、Wonder Mountainsを自身の山の記憶に重ねていく。行ったことのある山の絶景に再訪を誓い、行ったことのない見知らぬ土地の山の風景に見惚れる。描かれる山や森や空の美しさだけでなく、逆光のコケ、ちぎれかかった雲海、森の中の岩、登山靴がはねる小石、さえずる小鳥といったごくごくさりげないものたちに、言いようのない愛らしさを覚え、それをトリガーとして自身の内面にもざわめき立つ、あの小さな波を見つける。
そうして再び、山を歩きたい、という望みを抱えるのだ。
さぁ、ゆっくり深呼吸をしたら、すばらしいさざ波を堪能してほしい。今いるその場所が、新しい旅の出発点だ。おまたせ。Wonder Mountainsへ、ようこそ。
林 拓郎
スノーボード、スキー、アウトドアの雑誌を中心に活動するフリーライター&フォトグラファー。滑ることが好きすぎて、2014年には北海道に移住。旭岳の麓で爽やかな夏と、深いパウダーの冬を堪能中。